岐阜地方裁判所 平成6年(行ウ)2号 判決 2000年7月13日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告がP1に対して平成四年三月四日付けでした次の各処分のうち、別表一ないし四記載の「審査請求」欄の金額を超える部分をいずれも取り消す。
一 P1の昭和六三年ないし平成二年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分
二 P1の平成二年期分の消費税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分
第二事案の概要
本件は、P1が、昭和六三年ないし平成二年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税と平成二年期分(以下「本件係争年期分」という。)の消費税についてそれぞれ確定申告をしたところ、被告が、反面調査によって把握したP1の取引金額をもとに、いわゆる同業者比率法を用いてP1の総所得金額を推計するなどした上、消費税については仕入税額の控除をしないで、右の所得税と消費税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、所得税の右各処分を「本件所得税各処分」と、消費税の右処分を「本件消費税処分」とそれぞれいい、これらの処分を併せて「本件各処分」という。)をしたのに対し、P1が原告となり、被告の本件各処分は、推計の必要性と合理性を欠いているほか、本件消費税処分については仕入税額の控除をしていない点で違法があるなどとして、その取消しを求めた、という事案であるが、訴訟の係属中にP1が死亡し、その妻である原告が訴訟を承継した。
一 争いのない事実等
1 当事者
原告は、土木工事現場の土砂等の運搬を目的として貨物運送業を営んでいたP1の妻であるが、P1が平成九年九月一五日に死亡したのに伴い、本件訴訟を承継した者である。
2 本件訴訟に至る経緯
(一) P1は、本件係争各年分の所得税について、それぞれ別表一ないし三の各「確定申告」の項中の年月日に、同項中の「総所得金額」及び「所得税額」欄記載のとおりの内容で確定申告をした。
また、P1は、本件係争年期分の消費税について、別表四の「確定申告」の項中の年月日に、同項中の「課税標準額に対する消費税額」、「控除対象仕入税額」及び「差引納付税額」欄記載のとおりの内容で確定申告をした。
(二) 被告は、平成四年三月四日付けで、P1に対し、P1の本件係争各年分の所得税について、それぞれ別表一ないし三の各「更正及び賦課決定」の項中の「総所得金額」、「所得税額」及び「過少申告加算税額」欄記載のとおりの内容で本件所得税各処分をした。
また、被告は、右同日付けで、P1に対し、P1の本件係争年期分の消費税について、別表四の「更正及び賦課決定」の項中の「課税標準額に対する消費税額」、「控除対象仕入税額」、「差引納付税額」及び「過少申告加算税額」欄記載のとおりの内容で本件消費税処分をした。
(三) P1は、平成四年四月三〇日付けで、被告に対し、本件各処分に対する異議申立てをしたが、被告は、同年七月三〇日付けで、これを棄却する旨の決定をした。
P1は、右決定を不服として、同年八月二〇日付けで、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成五年一一月二六日付けで、これを棄却する旨の裁決をした。
P1は、同年一二月四日に、右裁決に係る裁決書謄本を受領し、平成六年二月二八日に、本件訴えを提起した。
3 本件各処分において算出された金額に関する被告の主張
(一) 所得税の更正処分について
(1) 総収入金額
P1の本件係争各年分の総収入金額は、別表五ないし七の各「売上金額明細表」に記載のとおり、被告が把握し得たP1の貨物運送業に係る本件係争各年分の売上金額の合計額であり、次の金額となる。
昭和六三年分 六四九四万九八二〇円
平成元年分 六七二九万七八三〇円
平成二年分 六八八二万二二七七円
(2) 必要経費の額
ア 必要経費率
後記ウの基準により選定した他の事業者(以下「比準同業者」という。)の本件係争各年分の総収入金額に占める必要経費の額の割合(以下「必要経費率」という。)を求めると、別表八ないし一〇の各「同業者比率表」の「必要経費率」の項中の「平均」欄記載のとおり、次の金額となる。
昭和六三年分 八四・二四パーセント
平成元年分 八四・三一パーセント
平成二年分 八三・七五パーセント
イ 必要経費の額
本件係争各年分の必要経費の額は、前記(1)の総収入金額に右(2)アの必要経費率を乗じて算出した額であり、次の金額となる。
昭和六三年分 五四七一万三七二九円
平成元年分 五六七三万八八〇一円
平成二年分 五七六三万八六五七円
ウ 比準同業者の抽出基準
多治見税務署及び多治見税務署の隣接税務署(中津川、関、尾張瀬戸及び小牧各税務署)管内において、ダンプ式の貨物自動車を使用して建材運送業を営む個人事業者のうち、所得税法一四三条の承認を受けて、昭和六三年ないし平成二年分の所得税の確定申告について、青色申告書を所轄税務署長に提出している者で、次の①ないし③の条件のいずれにも該当する者
ただし、次のaないしcに該当するものを除く。
a 昭和六三年一月一日から平成二年一二月三一日までの間の中途において、開業、廃業、休業、又は業態の変更をした者
b 更正処分又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者並びに不服申立中又は訴訟中の者
c 同業者調査報告書の作成日現在において、所得税の調査が行われている者
① 他の業種(建材運送業に付随する山土等の販売以外のもの)を兼業していない者
② 外注費の計上がある者
③ 右①及び②に該当する者のうち、次のいずれかに該当する者
a 昭和六三年分については、事業所得の総収入金額が三〇〇〇万円以上一億三〇〇〇万円以下の範囲内にある者
b 平成元年分については、事業所得の総収入金額が三三〇〇万円以上一億四〇〇〇万円以下の範囲内にある者
c 平成二年分については、事業所得の総収入金額が三三〇〇万円以上一億四〇〇〇万円以下の範囲内にある者
(3) 事業所得金額
本件係争各年分の事業所得金額は、前記(1)の総収入金額から右(2)イの必要経費の額を控除して算出した額であり、次の金額となる。
昭和六三年分 一〇二三万六〇九一円
平成元年分 一〇五五万九〇二九円
平成二年分 一一一八万三六二〇円
そうすると、P1の本件係争各年分の事業所得金額は、いずれも更正処分に係る総所得金額を下回らないから、本件係争各年分の更正処分は適法である。
(二) 所得税の過少申告加算税の賦課決定処分について
各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないことから、同条一項に基づいて過少申告加算税の額をそれぞれ計算すると、いずれも賦課決定処分に係る金額を下回らないから、本件係争各年分の過少申告加算税の各賦課決定処分は適法である。
(三) 消費税の更正処分について
(1) 課税標準額
P1の本件係争年期分の課税標準額は、P1の平成二年分の総収入金額に一〇三分の一〇〇を乗じて算定した金額(千円未満の端数を切り捨てた金額)であり、次の金額となる。
平成二年期分 六六八一万七〇〇〇円
(2) 課税標準額に対する消費税額
本件係争年期分の課税標準額に対する消費税額は、右(1)の課税標準額に一〇〇分の三を乗じて算定した金額であり、次の金額となる。
平成二年期分 二〇〇万四五一〇円
(3) 控除対象仕入税額
本件係争年期分の控除対象仕入税額は、本件が消費税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「法」という。)三〇条七項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に当たることから、○円とした。
(4) 差引納付税額
本件係争年期分の差引納付税額は、前記(2)の課税標準額に対する消費税額から右(3)の控除対象仕入税額を控除して算出した金額(一〇〇円未満の端数を切り捨てた金額)であり、次の金額となる。
平成二年期分 二〇〇万四五〇〇円
そうすると、P1の本件係争年期分の差引納付税額は、更正処分に係る差引納付税額を下回らないから、本件係争年期分の更正処分は適法である。
(四) 消費税の過少申告加算税の賦課決定処分について
更正処分により差引納付税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないことから、同条一項に基づいて過少申告加算税の額を計算すると、賦課決定処分に係る金額を下回らないから、本件係争年期分の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。
二 争点
1 推計の必要性
2 推計の合理性
3 実額主張の成否
4 仕入税額不控除の適法性
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(推計の必要性)について
(被告)
(一) 被告の調査担当職員は、本件係争各年分の所得税の調査のため、平成三年九月四日から平成四年二月七日にかけて、P1と一回(平成四年二月六日)面接し、P1本人からの電話を入れて四回(平成三年九月一二日、同年一一月七日、同月一五日、平成四年一月一七日)は調査日程等について依頼し、連絡文書を四回(平成三年九月四日、同年一二月二〇日、平成四年一月一六日、同年二月三日)もP1の自宅(以下「P1宅」という。)に差し置き、P1の長女であるP2(その後改姓してP3となる。以下「P3」という。)及び原告を通じて少なくとも四回(平成三年一〇月二日、平成四年一月二七日、同月三一日、同年二月一日)はP1から連絡を入れるよう依頼したにもかかわらず、P1は、正当な理由もなく調査を拒み続け、非協力的な態度に終始し、本件係争各年分の所得税の算定に必要な帳簿等の提示を全くせず、また、申告所得金額の根拠について具体的な説明を何らしなかった。
このような状況の下で、被告は、実額による本件係争各年分の所得金額を算定することは到底不可能であると判断し、やむを得ず、P1の取引先等に対する調査(以下「反面調査」という。)によって把握した収入金額を基礎としてP1の事業所得金額を推計し、P1の所得税額を計算したものである。
(二) 原告は、申告納税制度の下で、税務職員が質問検査権を行使し、納税者の税務調査を行う要件として、納税者の申告が適正でない合理的な理由があるなどの客観的な調査の必要性のほか、その必要性は一般的必要性のみならず、当該納税者について特に調査すべき個別的な必要性が認められなければならない旨主張する。しかし、P1は、本件係争各年分の確定申告書に添付すべき所得税法一二〇条四項及び所得税法施行規則四七条の三に規定する書類を提出していないのであるから、P1の申告した所得金額について特に調査すべき個別的な必要性も客観的に認められるものである。
また、原告は、被告による反面調査は、必要性が全くないばかりか、P1本人に対して調査をせず、かつ、本人の承諾もなく行っている点で、明らかに違法である旨主張する。しかし、反面調査をするに当たり、納税者本人の事前の承諾を要するものではなく、また、臨戸調査と並行して当初から反面調査を実施しても、それを違法ということはできないのであって、結局、反面調査の必要性の有無の判断については、権限ある税務職員の合理的な選択にゆだねられているものである。
(原告)
(一) 推計の必要性があるというためには、一般に、納税者が信頼するに足る帳簿その他の資料を備え付けていないか、又は、調査に対して非協力的な態度をとるなどしたため、税務当局が課税標準を把握できなかったことを要するとされているところ、推計の必要性に関する被告の主張は、P1が税務調査に非協力的な態度をとったため、被告の調査担当職員が帳簿書類を調査できなかったという点に尽きる。
しかし、P1が、連絡文書の自宅への差置きにより、被告の調査担当職員から調査日程等について依頼を受けたのは二回だけであり、P1は、その都度、原告又はP3を通じて仕事の都合で右依頼に応じられない旨通知しているのであって、税務調査に対して非協力的な態度をとったことは全くない。また、被告の調査担当職員は、P1に対し、一度も面接をせず、電話で話をしたこともなく、かつ、帳簿等の提示を要求したこともない。
このように、被告の調査担当職員は、通常要求される程度の努力さえすれば調査が可能であったにもかかわらず、これをせず、P1が税務調査に対して非協力的な態度をとったものと速断して、P1の事業所得金額を推計したものである。
(二) 被告は、本件調査の必要性について明確には主張していないが、P1に対して一度も税務調査をしていないことや、売上げからみて所得が少ないことなどは、いずれも調査の理由とはなり得ず、本件調査の必要性がないことは明らかである。
また、反面調査は、納税者に対する税務調査の過程において、右調査だけでは課税標準を把握することができない場合に限り、かつ、原則として納税者の承諾を得た場合にのみ可能であると解すべきところ、被告は、P1が税務調査に対して非協力的な態度をとっていたわけではなく、かつ、P1に告げることもなく、一方的に反面調査をしたものであり、右反面調査には何ら必要性、正当性がない。
さらに、被告は、本件調査に際し、税務調査の対象でないP3に対し、その勤務先に数回電話をかけるなどしたため、P3は、勤務先の職員から奇異の目で見られ、退職を余儀なくされたのであり、本件調査の方法は、社会通念上相当な範囲を逸脱しているものである。
2 争点2(推計の合理性)について
(被告)
(一) 被告がP1の事業所得金額を算定するために採用した推計方法は、P1の取引先等を調査して把握した本件係争各年分の事業の総収入金額から、右総収入金額に比準同業者の平均必要経費率を乗じた金額を差し引いたものであり、右同業者は、P1と業種及び業務の同一性、事業所の近接性、事業規模の類似性を有しており、右抽出基準には合理性があり、しかも、その抽出作業は、名古屋国税局長が発遣した通達に基づき、申告の内容が法制度上信用に値する青色申告者の全員の中から機械的に抽出するといういわゆる通達回答方式によるものであるから、比準同業者の抽出過程に被告の恣意が介在する余地はない。
(二) 原告は、個々の事業者に固有な経費も含めた必要経費率によりP1の必要経費の額を算定する推計方法には、合理性が認められない旨主張する。しかし、被告による比準同業者の抽出基準には外注費の計上がある者という条件を付加することで、より営業形態の類似性の高い比準同業者が抽出されたものである。
また、原告は、P1の売上げのほとんどを外注部分が占めており、外注部分の利益率は著しく低いことなど、比準同業者との個別的な業態の差異を指摘する。しかし、およそ推計課税において、当該納税者の業態と完全に一致する者を選択することは不可能であり、その性質上、比準同業者との間に通常生じる営業条件等の差異は、比準同業者率の平均化の過程で、平均値の中に吸収されるものと解され、P1と比準同業者との間に生じる営業条件等の差異が、当該推計自体を不合理に至らせる程度に顕著な特殊事情と認められない限り、P1の個別事情を配慮すべきではないところ、本件において、右顕著な特殊事情の立証はない。
(原告)
(一) 推計の合理性が認められるためには、推計の基礎事実が確実に把握されていることのほか、推計方法の選択に合理性が認められることとともに、推計方法はできる限り真実の所得に近似した数値が算出され得るような客観的なものであることが必要である。
しかし、被告の主張する比準同業者によりP1の必要経費率を推計することに合理性があるというためには、被告が平均必要経費率を推計するに当たり用いた比準同業者の住所、氏名、青色申告書、決算書等を明らかにすることが不可欠であるのに、被告は、これらの資料を明らかにせず、結論のみが記載された極めて簡略な報告書を提示するにとどまるため、抽出及び転記等の過程でミスが介在する可能性を排除することは到底不可能であって、推計の基礎事実の把握は極めて不確実というほかない。
また、被告は、比準同業者の抽出基準として、建材の運送業を営む個人事業者のうち、他の業種を兼業していない者等を挙げているが、青色申告決算書自体からこれらの基準を把握することは困難であり、推計の基礎事実の把握は不確実である。
さらに、比準同業者の所得率は、例えば昭和六三年分についてみると、最低九・四一パーセントから最高二四・八〇パーセントまで大幅なばらつきが認められるところ、これは、被告が抽出基準に挙げていない条件が所得率に大きな影響を与える要因となっていることを示している。被告は、平均化により比準同業者の間に通常存在する程度の差異は捨象される旨主張するが、このような大きなばらつきは、通常存在する程度の差異を超える条件の相違が存在していることを明確に示すものである。
(二) 被告は、比準同業者について、P1と業種及び業務の同一性、事業所の近接性、事業規模の類似性を有しており、右抽出基準には合理性がある旨主張する。しかし、P1は、一台しかダンプを保有しておらず、その売上げのほとんどは外注部分が占めており、かつ、外注部分の利益率は著しく低いため、P1の総収入金額は、ほとんど利益のない外注部分の売上げによって大きく水増しされているものであり、また、P1は、常傭の形態で雇用され、賃金は運送に従事した時間単位で支払われるため、運送回数に応じた運送賃を受け取る運送業者とは収入のシステムが全く異なっている。被告の抽出基準は、右のようなP1の業態及び事業規模の特殊性を無視するもので、何らの合理性もない。
3 争点3(実額主張の成否)について
(原告)
(一) P1の本件係争各年分の事業所得金額は、本件係争各年分の運送料合計に手数料合計を加算した総収入金額から、同じく外注費合計にその他の経費合計を加算した必要経費の額を控除した金額であり、これらの具体的な金額は、以下のとおりである。
(二)(1) 昭和六三年分
総収入金額 六五六九万九五〇〇円
運送料合計 六四九八万三一二〇円(詳細は別紙一一のとおり。)
手数料合計 七一万六三八〇円(詳細は別紙一二のとおり。)
必要経費の額 五八三〇万三六九一円
外注費合計 五二八三万〇三六八円(詳細は別紙一三のとおり。)
その他合計 五四七万三三二三円(詳細は別紙一四のとおり。)
事業所得金額 七三九万五八〇九円
(2) 平成元年分
総収入金額 六七五五万〇一三四円
運送料合計 六六七一万一三三〇円(詳細は別紙一五のとおり。)
手数料合計 八三万八八〇四円(詳細は別紙一六のとおり。)
必要経費の額 六一四三万〇五八三円
外注費合計 五六二一万五七七〇円(詳細は別紙一七のとおり。)
その他合計 五二一万四八一三円(詳細は別紙一八のとおり。)
事業所得金額 六一一万九五五一円
(3) 平成二年分
総収入金額 七〇六五万七三三一円
運送料合計 六九七九万七五八一円(詳細は別紙一九のとおり。)
手数料合計 八五万九七五〇円(詳細は別紙二〇のとおり。)
必要経費の額 六二一一万八五二一円
外注費合計 五七八九万一二五四円(詳細は別紙二一のとおり。)
その他合計 四二二万七二六七円(詳細は別紙二二のとおり。)
事業所得金額 八五三万八八一〇円
(三) そうすると、P1の本件係争各年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分のうち、右事業所得金額に基づいて算出される所得税額及び過少申告加算税額を超える部分は取り消されるべきである。
(被告)
(一) 事業所得の金額は、所得税法上、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされているところ(所得税法二七条二項)、事業所得の金額を実額で算出するためには、通常、事業に関して生じる収入及び支出の一切を細大漏らさず記録した会計帳簿の存在が必要不可欠というべきである。
(二) そして、申告納税制度の下で、P1は、本来、適正に申告し納税すべき義務があったにもかかわらず、右義務に違反し、更に税務調査に応じず帳簿等の提示をしなかったことにより、被告が推計課税を余儀なくさせられた以上、原告が実額を主張して推計の合理性を否定するには、その主張する収入金額がすべての取引先からすべての取引について捕捉漏れのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費であり、当該事業と関連性を有することを合理的な疑いをいれない程度に完全に主張立証しなければならないものと解されるところ、原告は、本件訴訟において、実額主張に供する証拠として、売上げに係る請求書控え等、外注費に係る請求書等、車両ナンバー等を記録したノート、外注費以外の経費に係る領収書等、民商事務局員作成の陳述書、外注先と車両ナンバーの一覧表を提出したものの、これらの資料が取引のすべてであることを証する会計帳簿の提出は一切せず、収入に関する請求書も何に基づいて作成されたものであるかは不明である。また、右資料を検討しても、原告主張の収入金額は、すべての収入金額を網羅しているものとはいえず、しかも、原告の主張する経費が売上げと対応していないものも含まれていることからすると、原告の主張は有効な実額主張とは到底なり得ない。
4 争点4(仕入税額不控除の適法性)について
(被告)
(一) 消費税法三〇条七項の「保存」の意義
法三〇条七項の「保存」とは、以下の理由のとおり、納税者が税務職員の質問検査に応じていつでもこれを提示し、税務職員の閲覧に供せられる状態で保存しておくことをいうと解すべきである。
(1) 申告納税制度と質問検査権
消費税法は、申告納税制度を採用するとともに(法四二条、四五条)、質問検査権を規定している(法六二条)。このように、申告納税制度は、納付すべき税額の確定につき、原則として、納税者の申告にこれをゆだねつつも、最終的には、税務職員が質問検査権を適切に行使することにより、申告内容の正確性を税務署長等において確認できることを予定したものである。
そうすると、法三〇条七項は、効率的な税務調査を実現することにより、申告納税制度を採用する消費税法の下で適正な税収を確保しようとした規定と考えられる。法三〇条七項の右趣旨に照らすと、同項の帳簿等は、税務署長等が申告内容の正確性を確認するための資料として保存が要求されているものであるから、同項は、右帳簿等が税務調査に供されることを予定し、税務職員が税務調査として帳簿等の提示を求めたときは、納税者はこれに応じることを当然の前提としているというべきである。
(2) 消費税法の関連諸規定
法三〇条八項は、帳簿の記載事項を規定し、消費税法施行令(平成七年政令第四一号による改正前のもの。以下「令」という。)五〇条一項は、帳簿等の保存場所、保存期間及び保存の起算日を規定しており、いずれの規定も、課税庁において課税仕入れに係る消費税額の調査及び確認を行うことを前提とした体裁であり、その資料として帳簿等の保存を義務づけているものといえる。
また、右の帳簿等の保存期間について、右帳簿等自体の保存は五年間とされ、残り二年間はマイクロフィルムによる保存も認められている(令五〇条二項、五四条五項、五八条三項、法施行規則五条三項、一六条三項)。右の区別は、消費税の更正、決定が可能な期間が通常五年間であり、偽りその他不正の行為があった場合にのみ七年間となること(国税通則法七〇条)に対応したものであり、帳簿等の保存方法に照らしても、右保存が税務当局による調査を予定したものであることは明らかである。
さらに、令五〇条一項に規定する帳簿又は請求書等を「整理」して保存するとは、その文理上当然に、税務署長等に提示することを予定しているものであり、保存が提示を予定しないものでないことは明らかである。
(3) 保存を所持ないし保管と解した場合の不合理性
仮に法三〇条七項の「保存」を単なる所持ないし保管と解した場合には、次のような不合理が生ずる。
すなわち、第一に、右前提に立つと、事業者が帳簿等を物理的に保存していないと認められる場合を除いては、仕入税額控除を否認できないところ、事業者が単に帳簿等を物理的に保存しており、これを税務署長等に対して提示しない場合には、申告内容の正確性を検証することができず、当該申告内容をそのまま是認せざるを得ないことになる。そうすると、事業者は、法三〇条八、九項所定の記載事項に従わない記帳方法等をとっていても、又は、全く保存していないとしても、帳簿等の提示を拒否し続けておりさえすれば、税務署長は仕入税額控除を否認することができず、当該事業者は更正、決定を免れることになる。このような解釈は、税務当局の質問検査に応じて帳簿等を提示したが、最終的に仕入税額控除を否認された事業者との公平を欠き、質問検査権の実効性を失わせるほか、法三〇条七項の趣旨を没却し、申告納税制度に対する信頼を失う結果をもたらすものである。
第二に、仮に「保存」を単なる所持ないし保管と解した場合には、税務署長が調査で帳簿等の保管を確認できないときは、仕入税額控除を否認すべきものとすると、税務署長は、帳簿等を物理的に保存しているか否かが不明の場合に、将来の訴訟において帳簿等が提出され、当該処分が取り消されることを覚悟した上で、帳簿等の保存がないものとして仕入税額控除を否認することになる。しかし、このように、処分の効力を裁判において確実に覆滅させる権利を納税者にゆだねることは、課税関係の安定性を著しく害することになる。
第三に、本来、不服申立手続や訴訟手続においては、控除すべき仕入税額や処分時の帳簿の保存の立証方法を帳簿等に限定する合理的理由はないはずであるから、法三〇条七項の「保存」が、単に帳簿等が所定の時期、場所に存在する状態のことをいうとすると、裁判所等に帳簿等を提出しない場合でも、それ以外の方法で帳簿等が所定の時期、場所に存在することを立証し、帳簿等以外の方法によって課税仕入れの存在を立証した場合にも、仕入税額の控除が認められることになる。しかし、これでは、法三〇条七項が帳簿等の保存を規定した意味が全くなくなってしまうことになる。
(4) 青色申告承認の取消しに関する裁判例について
法三〇条七項の「保存」に関する被告の主張が「保存」という法文上の解釈として相当であることは、青色申告承認の取消しに係る裁判例の集積からも明らかである。
すなわち、右の裁判例における「保存」の意義については、青色申告の承認を受けている者が、税務署の当該職員から、所得税法二三四条の質問検査権に基づき、同法一四八条一項により備付け等を義務づけられている帳簿書類の提示を求められたのに対し、正当の理由なくこれを拒否し提示しなかった場合には、青色申告承認の取消事由として、同法一五〇条一項一号が定める帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていない場合に該当すると解されており、右解釈は、法三〇条七項の「保存」の解釈についても妥当するものというべきである。
(二) いわゆる帳簿等の後出しの可否について
以上のとおり、法三〇条七項の「保存」とは、納税者が税務職員の質問検査に応じていつでもこれを提示し、税務職員の閲覧に供せられる状態で保存しておくことをいうのであるから、税務調査において、税務職員から納税者に対して適法な帳簿等の提示要求がなされたのに、納税者が正当な理由なくして帳簿等の提示を拒否した場合には、たとえ不服申立手続又は訴訟手続において、納税者が帳簿等を提示したとしても、これにより仕入税額控除を認めることはできないというべきである。
(三) 本件の検討
被告の調査担当職員は、前記のとおり、本件係争年期分の消費税の調査のため、平成三年九月四日から平成四年二月七日にかけて、P1と一回面接し、P1本人からの電話を入れて四回は調査日程等について依頼し、連絡文書を四回もP1宅に差し置き、原告及びP3を通じて少なくとも四回はP1から連絡を入れるよう依頼したのであり、調査担当職員の右行為は、社会通念上当然に要求される程度の調査努力を怠ったものとはいえず、適正な質問検査権の行使というべきである。
他方、P1が被告の調査担当職員との面接を避けていたのは、右職員が、P1に無断で反面調査をしたことや、P3の勤務先に電話をかけたためにP3が退職を余儀なくされたことに対する不満が原因であり、仕事の都合がつかないとして調査に協力しなかったものであって、調査を拒否する正当な事由に当たらないことは明らかである。
したがって、P1は、被告の調査担当職員による適正な質問検査権の行使に対して税務調査を拒否し、仕入税額控除に係る帳簿等を提示しなかったため、被告が法三〇条七項により仕入税額控除を否認したことは、適法である。
(原告)
(一) 消費税法三〇条七項の「保存」の意義
法三〇条七項の「保存」とは、納税者が法令の定めるところに従って帳簿等を所持又は保管していることをいうものであると解すべきである。その根拠は次のとおりである。
(1) 租税法律主義
被告は、法三〇条七項の「保存」とは、納税者が税務職員の質問検査に応じていつでもこれを提示し、税務職員の閲覧に供せられる状態で保存しておくことであると主張する。しかし、保存と提示は明らかに意味内容が異なる概念であり、帳簿等の提示がないことを「保存」がないことと同一視することはできないし、また、租税法律主義の見地からしても、特段のみなし規定がないにもかかわらず、「保存」の中に提示が含まれるとか、又は、提示しないことは「保存」しないことと同じであると解釈することはできない。
仮に納税者に対して帳簿等の保存を義務づけた趣旨が専ら税務当局の税務調査のためであるとしても、租税法律主義により条文の不当な拡張解釈を正当化することはできない。
また、帳簿等の保存の確認主体が税務当局に限定された上、「保存」の中に提示が含まれるとすると、税務調査の際に納税者が帳簿等の提示を拒否した事実が主張立証された場合には、それだけで仕入税額控除が認められないことになるが、帳簿等の保存の確認主体を専ら税務当局と限定することには、明文の規定がなく、法三〇条七項が帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とした趣旨からこれを導くこともできないというべきである。
さらに、「保存」の中に提示が含まれるとすると、どのような場合に仕入税額控除が認められないことになるのかが不明確となり、仕入税額控除の実体要件があいまいになり、仕入税額控除の否認に関する予測可能性が損なわれることとなる。すなわち、税務職員の提示要求が適法か否かは容易に判断できない場合もあり得るし、税務調査の態様も様々であり、臨場調査が数回にわたることもあって、税務職員の質問検査権の行使に対して、どの時点でどのように対応した場合に帳簿等の不提示と評価されるのかはあいまいであり、事業者がこれを正確に予測することはできず、税務職員の恣意的な解釈が入り込む余地が大きい。
(2) 消費税法の関連諸規定
令五〇条一項が帳簿等の保存期間を七年としたのは、七年間の経過により税務当局が課税権限を行使できなくなる結果、納税者の申告に基づく消費税額が確定し、それ以上に帳簿等の保存を要求する必要がないからである。帳簿等の保存期間が課税庁の課税権限の行使期間に符合するとしても、それを理由に、帳簿等の確認主体が課税庁に限定されるとする被告の主張には、明らかに論理の飛躍ないしすり替えがある。
また、令五〇条一項は、帳簿等の整理を要求したり、納税地における保存を求めているが、これらは、当然の事柄を規定したというにすぎず、帳簿等の保存の確認主体が専ら税務当局に限定されることを根拠づけるものではない。
(3) 保存を所持ないし保管と解した場合の不合理性の不存在
被告は、法三〇条七項の「保存」を所持ないし保管と解した場合には、税務調査等の点で数々の不合理が生ずると主張する。しかし、法六八条は、帳簿等の不提示に対して刑事罰による制裁手段を用意している。また、調査段階で帳簿等を提示しなかった納税者は、仕入税額控除を否認された上で更正処分を受けることになり、これを取り消すため、不服申立て、取消訴訟の提起という負担を覚悟しなければならない。したがって、税務当局が適正な税務調査を行なう限りは、圧倒的多数の納税者が税務職員に対して帳簿等を提示することが期待できるのであり、それ以上に、税務調査の実効性を確保するために、解釈で納税者に対する制裁手段を創出することは、税務調査の便宜に偏した態度である。
(4) 青色申告承認の取消しに関する裁判例について
被告は、青色申告承認の取消しに関する裁判例を引用して自己の解釈の正当性を基礎づけようとするが、青色申告承認の取消しと消費税の仕入税額控除とは、制度趣旨や処分構造等の点で根本的に異なっており、同一に考えることはできない。すなわち、青色申告制度は、帳簿による申告納税を奨励する目的から税務署長が与える特典であるのに対し、消費税の仕入税額控除は、消費税の本質にかかわる課税要件の問題である。また、青色申告承認の取消しは、帳簿等を提示しない場合に制裁措置として承認を遡って取り消すというものであるのに対し、消費税の仕入税額控除は、帳簿等を保存しなかった者に対する制裁措置ではなく、単に納税額を確定するための更正処分の一つの理由にすぎない。
(二) いわゆる帳簿等の後出しの可否について
何らかの事情により税務調査の際に帳簿等を提示しなかった納税者が、訴訟の段階で帳簿等を提出して仕入税額控除を受けたとしても、これは、付加価値税を本質とする消費税の制度に照らし、納税者が当然の権利を行使したというにすぎず、もとより許容されるべきものである。
(三) 本件の検討
P1は、連絡文書の自宅への差置きにより、被告の調査担当職員から調査日程等について依頼を受けたのは二回だけであり、その都度、原告又はP3を通じて仕事の都合で右依頼に応じられない旨通知しているのであって、税務調査に対して非協力的な態度をとったことは全くない。また、被告の調査担当職員から、請求書等を提示しなければ仕入税額控除が認められないとの教示を受けたことも全くない。しかも、被告の調査担当職員は、P1に対し、一度も面接をせず、電話で話をしたこともなく、かつ、帳簿等の提示を要求したこともない。
一般に、税務署には帳簿確認努力義務があると解されることに加え、消費税に関する国税庁の指導文書の内容に照らすと、再三にわたる教示なくなされた仕入税額控除の否認の更正処分は違法と解すべきところ、本件において、被告の調査担当職員は、通常要求される程度の努力さえすれば調査は可能であったにもかかわらず、これをせず、しかも、請求書等の提示がなければ仕入税額控除は認められない旨教示したこともないのに、P1が税務調査に対して非協力的な態度をとったものと速断して、一方的に仕入税額控除を否認したものである。
(四) 法定請求書等の保存
(1) 原告は、本件訴訟において、本件係争年期分の課税仕入れに対応する帳簿又は法定請求書等を保存し、これらを書証として提出しているのであるから、本件係争年期分の原告主張の課税仕入れに係る消費税額は、控除対象仕入税額とすべきである。
なお、右請求書等の一部には、形式的には法定の要件を欠くものも存在するが、仕入税額控除は、我が国の消費税が累積排除型の間接税であり、付加価値税であるという本質から認められるものであることや、法が、インボイス方式をとらずに帳簿方式を採用したほか、簡易課税制度を設けるなど、中小業者の負担軽減に一定の配慮が払われていることなどにかんがみ、帳簿又は請求書等の記載は、必ずしも一つの書類だけですべての法定事項が完全に記載されている必要はなく、その記載自体から、又は他の帳簿若しくは請求書等の記載と相まって課税仕入れの存在を確認できるものであれば、法三〇条七項にいう帳簿又は請求書等に当たると解すべきである。
(2) 本件においては、以下のとおり、法三〇条八項一号、九項一号の要件を満たした帳簿又は請求書等が存在している。
ア 外注費に係る仕入税額
別紙二三記載の外注費のうち、 部分の仕入金額については、請求書等の記載のみによって法三〇条九項一号の要件を満たしている。
また、*1を付した仕入金額については、請求書と領収書をあわせて法三〇条九項一号の要件を満たしている。
イ その他の経費に係る仕入税額
別紙二四記載のその他の経費のうち、 部分の仕入金額については、請求書等の記載のみによって法三〇条九項一号の要件を満たしている。
また、*1を付した仕入金額については、要件の一部が明記されていないが、それぞれの請求書等の記載内容自体から法三〇条八項一号、九項一号の要件を満たしている。
(五) 原告の主張する消費税額
(1) 課税標準額に対する消費税額
本件係争年期分の課税標準額に対する消費税額は、P1の平成二年分の総収入金額に一〇三分の一〇〇を乗じて算定した金額に、更に一〇〇分の三を乗じて算定した金額であり、次の金額となる。
平成二年期分 二〇五万七九八〇円
(2) 控除対象仕入税額に対する消費税額
本件係争年期分の控除対象仕入税額に対する消費税額は、P1の平成二年期分の控除対象仕入税額(外注費の詳細は別紙二三のとおり。その他の経費の詳細は別紙二四のとおり。)に一〇三分の一〇〇を乗じて算定した金額に、更に一〇〇分の三を乗じて算定した金額であり、次の金額となる。
平成二年期分 一七五万〇九九二円
(3) 差引納付税額
本件係争年期分の差引納付税額は、前記(1)の課税標準額に対する消費税額から右(2)の控除対象仕入税額に対する消費税額を控除して算出した額であり、次の金額となる。
平成二年期分 三〇万六九八八円
(六) そうすると、本件係争年期分のP1の消費税に係る差引納付税額は、原告の主張する差引納付税額を超えるから、P1の本件係争年期分の消費税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、別表四記載の「審査請求」欄の金額を超える部分は取り消されるべきである。
第三当裁判所の判断
一 本件調査の経緯について
1 前記争いのない事実等に加え、証拠(甲B五ないし七、七一、乙五、六、一一、証人P4、証人P3、原告本人P5。ただし、証人らの供述のうち、後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 被告は、P1の本件係争各年分の所得税並びに本件係争年期分の消費税について申告内容を確認する必要があったため、P4調査官及びP6調査官に対し、P1の所得税及び消費税の調査を命じた。
(二) P4調査官及びP6調査官は、平成三年九月四日午前一一時ころに、P1宅に臨場したところ、P1が不在であったため、自宅にいた原告に対し、身分証明書を提示し、P1の所得税及び消費税の調査のために来訪した旨述べた上、「所得税調査の協力方の要請について」と題する書面を手渡して、P1宅を辞去した。
右「所得税調査の協力方の要請について」と題する書面には、P1の本件係争各年分の所得税の調査のため、九月一三日午前一〇時ころに再度自宅を訪れることなどが記載されていた。
なお、証人P4の証言中には、P1宅に臨場した際に、原告に対し、P1の事業の概況等について質問し、原告からその説明を受けた旨供述する部分があるが、原告本人P5の反対趣旨の供述に照らし、にわかに信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) P1は、平成三年九月四日夜に、原告から、右「所得税調査の協力方の要請について」と題する書面を受け取ったが、その際、同月一三日の都合については何も言わなかった。
(四) ところが、P1は、平成三年九月一二日になって、P6調査官に対し、電話で、「明日は仕事がつまっているので、調査日を延期してほしい。恵那の仕事がつまっているので、会えるのは一〇月まで無理である。」と連絡したところ、P6調査官は、「臨戸日を一〇月二日一三時三〇分とする。」との約束を取りつけた上、P1から、事業内容、車両台数、取引先及び取引銀行を簡単に聴取して、電話でのやり取りを終えた。
なお、証人P3の証言中には、P3は、平成三年九月一二日朝に、P1から、「一三日は仕事が忙しくて家にいることができないから、その旨連絡してほしい。」と依頼を受けたため、同日午前八時四〇分ころに、P4調査官に対し、電話で、「九月一三日は都合が悪い。」と伝えたところ、P4調査官は、「都合の良い日を聞いて連絡するように。」と答えて、電話でのやり取りを終えた旨供述する部分があるが、証人P4の反対趣旨の供述が存在することに加え、証人P3の証言は、P4調査官と電話で連絡をとった時期及び内容等についてあいまいな点があり、全体として信用することができない。
(五) P4調査官は、平成三年九月二〇日ころから、P1の取引先等に対して反面調査をすることとし、本件係争各年分の取引金額等の確認調査をした。
(六) 原告は、P1から依頼を受けて、平成三年一〇月二日に、P6調査官に対し、電話で、「今日の約束であったが、都合が悪いので延期してほしい。」などと伝えた。
これに対し、P6調査官は、「とりあえず一〇月三日に臨戸する予定であるが、都合が悪い場合は都合の良い日を早急に連絡するように。」と伝言を依頼した。
なお、原告本人P5の供述中には、右事実を否定する旨の供述部分があるが、証人P4の反対趣旨の供述が存在することに加え、これまでの調査の経緯等に照らし、たやすく信用することはできない。
(七) P4調査官は、平成三年一〇月三日に、P1宅に電話をかけたが、連絡をとることはできなかった。
(八) P4調査官は、平成三年一〇月四日から同年一一月六日までにかけて、P1宅に何度も電話をかけ、自宅を数回訪れるなどしたが、P1と連絡をとることができなかった。
(九) P4調査官は、平成三年一一月七日午後五時ころに、P1宅へ電話をかけたところ、P1が在宅していたため、P1に対し、これまでの経緯を説明した上、「いまだに連絡がないのはどういうことか。」と尋ねた。これに対し、P1は、「何のことか分からない。あと一〇日くらいは都合がつかない。」などと答えたため、P4調査官は、P1との間で、同月一五日までに都合の良い日を決めて連絡してもらうとの約束を取りつけて、電話でのやり取りを終えた。
(一〇) ところが、P1は、平成三年一一月一五日に、P6調査官に対し、電話で、「まだ都合がつかない。」と伝えてきた。これに対し、P6調査官は、P1との間で、同月二八日までに都合の良い日を決めて連絡してもらうとの約束を取りつけて、電話でのやり取りを終えたが、その後も、P1と連絡をとることはできなかった。
(一一) P4調査官は、平成三年一二月二〇日に、P1宅に臨場したところ、P1ら家族が不在であったため、玄関前の郵便受けに「所得税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面を差し置いて、P1宅を辞去した。
右「所得税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面には、同月二五日までに都合を連絡するよう依頼した文言等が記載されていた。
(一二) 原告は、P1からの依頼を受けて、平成三年一二月二五日午前一〇時ころに、P4調査官に対し、電話で、「今日、行くことになっていたみたいですが、行けなくなった。」と伝えたが、結局、年内に調査日を決めることはできなかった。
(一三) P4調査官は、平成四年一月一六日午後四時ころに、P1宅に臨場したところ、P1ら家族が不在であったため、玄関前の郵便受けに「所得税・消費税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面を差し置いて、P1宅を辞去した。
右「所得税・消費税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面には、同月一七日午前九時までに連絡するよう依頼する文言のほか、消費税の仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等の保存が確認できない場合には、仕入税額控除ができなくなることなどが記載されていた。
(一四) P1は、右「所得税・消費税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面を見て、平成四年一月一七日に、P4調査官に対し、電話で、「昨日手紙を見たが、忙しくて一月いっぱいは都合がつかない。」と述べた。これに対し、P4調査官は、「一月二七日午前一〇時ころに都合をつけてほしい。」と依頼するとともに、「帳簿か請求書の提示がなければ保存の有無が確認できないので、このままでは消費税の仕入税額控除は認められない。」と説明した。
(一五) P4調査官は、平成四年一月二七日午前九時ころに、P3から、電話で、「父からの伝言で、今日は都合がつかないので、調査は二月一日に変更してほしい。」と言われたため、P3に対し、「二月一日は土曜日なので、帳簿書類等を持参の上、税務署に来てほしい。一月二八日に連絡してほしい。」旨伝言を依頼した。
なお、証人P3の証言中には、右事実を否定する旨の供述部分があるが、(四)に説示したと同様の理由で、たやすく信用することができない。
(一六) P4調査官は、P1からの連絡がなく、P1宅とも連絡がとれないため、平成四年一月三一日に、P3の勤務先に電話をかけ、P1への伝言について確認したところ、P3は、「二月一日に税務署に行くと言っていた。」と答えた。
そこで、P4調査官は、P3に対し、「二月一日午前九時三〇分ころから午前一〇時ころまでの間に来てほしい。」旨伝言を依頼した。
(一七) ところが、平成四年二月一日午前一〇時を過ぎても、P1は来署せず、また、P1からの連絡もないため、P4調査官は、P1宅に電話をかけたものの、P1ら家族とも連絡がとれないことから、同日午前一〇時四〇分ころに、P3の勤務先に電話をかけ、P1への伝言について確認するとともに、来署の有無を尋ねたところ、P3は、「昨日、父に伝えたが、税務署へ行くとも行かないとも何も言っていなかった。」と答えるにとどまった。
そこで、P4調査官は、P3に対し、「二月三日朝には、必ず連絡するように伝えてほしい。」旨伝言を依頼した。
(一八) しかし、平成四年二月三日になっても、P1からの連絡はなく、また、P4調査官がP1宅へ電話をかけても応答がなかった。
そこで、P4調査官は、同日午後三時ころに、P1宅に臨場したところ、P1ら家族が不在であったため、玄関前の郵便受けに「所得税・消費税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面を差し置いて、P1宅を辞去した。
右「所得税・消費税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面には、二月四日午前九時までに連絡するよう依頼する文言のほか、このまま会えない場合でも調査を進め、課税処分をすることに加え、消費税の仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等の保存が確認できない場合には、仕入税額控除ができなくなることなどが記載されていた。
(一九) 陶都民主商工会事務局次長のP7は、平成四年二月四日に、P4調査官に対し、電話で、「P1からの伝言で、二月六日午後二時ころに税務署へ行く。」と連絡した。
(二〇) P1が、平成四年二月六日に、P7とともに来署したため、個人課税第二部門統括官であるP8(以下「P8統括官」という。)及びP4調査官が応対した。
その際、P1は、帳簿等を持参しなかった上、P8統括官及びP4調査官に対し、まず、P1の取引先に対する法人税の調査について抗議し、引き続き、P1の取引先等に対する文書照会及び反面調査について抗議するなど、本件調査に応じる様子は見られなかった。
これに対し、P8統括官は、二月七日までに帳簿等の提示をするか否かを連絡するよう伝えるとともに、P4調査官は、消費税の仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等の保存が確認できない場合には、仕入税額控除ができなくなることを説明した。
(二一) 平成四年二月七日に、P1からの連絡はなかった。
(二二) 平成四年二月二一日に、P1の自宅の玄関前の郵便受けに、所得税及び消費税の調査結果を説明するため二月二五日午後三時ころに来署するよう依頼する文言が記載された書面が投函されていた。
(二三) P4調査官は、平成四年二月二五日に、来署したP1に対し、所得税及び消費税の調査結果について説明したが、P1は納得できない様子であった。
(二四) 被告は、P1に対し、平成四年三月四日付けで、P1の本件係争各年分の所得税並びに本件係争年期分の消費税に関する本件各処分をした。
2 原告は、証人P4の証言は、大要、(1)P6調査官がP1と電話で連絡をとり合ったとか、P4調査官がP1に電話で調査日程等について依頼をしたとかという部分が、いずれも虚偽である、(2)P4調査官がP1宅に差し置いたと供述する、「所得税・消費税調査の協力方の要請に(再度)ついて」と題する書面二通(以下「本件文書」という。)は、後日ねつ造されたものである、(3)P1がP7とともに来署した際に、P4調査官がP8統括官とともに同席していたという部分も、虚偽であるから、到底信用することができないと主張する。
そこで、証人P4の証言の信用性について検討するに、(1)P6調査官が初めてP1と電話で連絡をとり合ったという内容は、P1の事業内容、車両台数、取引先及び取引銀行等の本人でなければ到底言及できない仕事の状況等に関するものであって、具体的かつ詳細であり、また、P4調査官が初めてP1と電話で連絡をとり合った際も、P1が、これまで連絡をとることができなかったことについて、「何のことか分からない。」などと答えたため、P4調査官は、P1がとぼけているのかと思ったという、右の一連のやり取りは、P4調査官が、P1宅に連絡文書を差し置いたり、P6調査官を通じてP1又は原告と連絡をとったりするなどして、なんとかして直接的にP1本人と調査日程等について依頼しようとしていたという当時の状況によく符合するものである。
また、(2)原告は、本件文書がいずれも後日ねつ造されたものである根拠として、①P4調査官は、他の連絡文書三通は保管していなかったのに、本件文書はいずれも保管していたことが不自然である、②右五通の文書はP4調査官が作成した一連のものであるにもかかわらず、連絡文書の宛先はいずれも「P1」となっているのに、本件文書のそれはいずれも「P9」となっており、P1の名前に対する認識が異なっていることが不自然である、③本件文書は、連絡文書と異なり、これまでの調査の経過が詳細に記載されていて、極めて作為的な内容となっているほか、消費税の仕入税額控除の否認に関する教示が記載されており、本件当時に右内容の通達が徹底されていないことに照らすと、時期的に不自然である、④P4調査官による本件文書の保管方法が不自然である、⑤P4調査官が差し置いたと供述する、郵便受けの形状等に関する供述が異常なまでに詳しいことが不自然であるなどと主張する。しかし、右①の点については、本件文書は、連絡文書と異なり、消費税の仕入税額控除の否認に関する教示が記載されており、P4調査官が本件文書により右教示をしたことを証拠として残すため、これらを保管していたとしても、あながち不自然とはいえない。右②の点については、同じく本件訴訟において提出されたP4調査官作成の陳述書においても、「P9」となっているのが自然であるというのに、実際には「P1」となっていて、整合しない。右③の点については、前記認定のとおり、P4調査官は、再三にわたってP1と連絡をとろうとして行き違いになっていたものであり、P1がこれまでの経緯を十分知り得ていないことから、P4調査官がこれまでの調査の経過を詳細に記載することもそれほど不自然ではないし、また、本件当時、既に消費税の仕入税額控除の否認に関する教示についての国税庁の通達が発遣されていたことからすると、P4調査官が本件文書にその旨記載することが不自然とはいえない。その他、右④及び⑤の各点は、これらだけでは、いずれもP4調査官が本件文書を後日ねつ造したものであることの決め手にならないことは明らかで、結局、本件文書が後日ねつ造されたものであるということはできない。
さらに、(3)原告は、P4調査官が平成四年二月六日にP8統括官とともに同席していたという部分が虚偽であることの理由として、証人P4の証言中に、P1が着用していたジャンパーには「丸原建材」及び「東濃連合」のネームがあった旨供述する部分を指摘し、P4調査官は、同月二五日にP1に面会した際に、P1が「東濃連合」のネームの入ったジャンパーを着用していたことを記憶していたところ、同月六日に同席していなかったため、P8統括官から、P1が「丸原建材」のネームの入ったジャンパーを着用していたことを聞いていたことから、両方のネームの入ったジャンパーを着用していたと誤解したものであると主張する。証拠(甲B六六、六七、証人P7)並びに弁論の全趣旨によると、P1は、同月六日に、「丸原建材」のネームの入ったジャンパーを、同月二五日には、「東濃連合」のネームの入ったジャンパーをそれぞれ着用していたこと、P1は、「丸原建材」及び「東濃連合」の両方のネームの入ったジャンパーを所持していないことが認められるところ、証人P4の右証言は、まさしくP4調査官が、右両日に、P1と面会していたことを示す証左にほかならないともいえるのであって、P4調査官がP8統括官とともに同席していたという部分が虚偽であるということもできない。
以上であるから、証人P4の証言を到底信用できないものとする原告の主張は、採用することができない。
二 争点1(推計の必要性)について
1 前記認定の事実によれば、P4調査官は、平成三年九月四日にP1宅に臨場して連絡文書による調査協力を要請してから、平成四年二月七日に至るまで、約五か月間にわたり、原告又はP3を通じて調査日程等の伝言を数回依頼し、P1本人とも電話により又は面接の機会に調査日程等を打ち合わせたほか、四回にわたってP1宅に臨場し、その都度、日時を指定して再訪問する旨、又は、都合が悪い場合には税務署に連絡するよう依頼した旨記載した連絡文書をP1宅に差し置くなどして、調査への協力を要請したにもかかわらず、P1は、自ら又は家族を通じて、仕事が忙しくて都合がつかないと電話で連絡するだけで、なかなか調査に応じようとしないで調査日を先に延ばし、P4調査官がP1に面接することができたのはP4調査官が最初に臨場してから約五か月も経過した後であること、その際にも、P1は、取引先等に対する反面調査等について抗議を繰り返すだけで、帳簿書類等の提示を全くしようとしなかったこと、最終的に、P1から本件係争各年分の所得金額を確認するに足りる資料の提出は一切なく、かつ、本件調査に対して、P1が必ずしも十分な協力をしたものともいえないことが認められる。
右のような状況の下においては、被告が、P1の所得金額を実額をもって把握することは不可能であると判断し、P1の取引先等に対する反面調査等によって把握した取引金額を基礎として、P1の本件係争各年分の所得金額を算出したことは、やむを得ないことであって、推計の必要性があったものということができる。
2 この点について、原告は、P1に対して一度も税務調査をしていないことや、売上げからみて所得が少ないことは、いずれも調査の理由とはなり得ず、本件調査には必要性がなく違法である旨主張する。しかし、証拠(証人P4)によれば、P1は本件係争各年分の所得税の確定申告書に添付すべき所得税法一二〇条四項及び所得税法施行規則四七条の三に規定する書類を提出していなかったことが認められる上、前記認定のとおり、被告は、P1が提出した確定申告書を検討した結果、本件係争各年分の所得金額を確認する必要があると判断し、P4調査官らに調査を命じたのであり、右申告書だけではP1の所得金額の適否が不明であったことが認められるから、本件調査には必要性があったものというべきであり、右事実だけでは調査の理由となり得ないとの原告の主張は採用できない。
また、原告は、被告は、P1が税務調査に対して非協力的な態度をとっていたわけではなく、かつ、P1に告げないで、一方的に反面調査をしたものであり、右反面調査には何ら必要性、正当性がないとも主張する。しかし、所得税法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、開示の程度、事前通知の有無等の実施の細目については法律上特段の定めがなく、これらは、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量にゆだねられているものと解されるところ、本件においては、前記認定のとおり、P4調査官らは、平成三年九月四日にP1宅に臨場して連絡文書による調査協力を要請したにもかかわらず、指定した調査日の直前になって、P1から、仕事の都合で調査日を延期してほしい旨の依頼を受けだだけで、具体的な調査日程を示唆されなかったため、P1に対する質問調査によってはその所得金額を確認することができないと判断し、P1の取引先等に対して取引金額等の確認調査を実施したことが認められるから、右反面調査は、その必要性が認められ、かつ、社会通念上相当な程度にとどまるものというべきである。もとより反面調査には納税者の事前の承諾を要するものではなく、納税者の申告額の適否を確認するため、臨場調査と並行して当初から反面調査をしても、それだけで直ちに違法ということはできないものであって、原告の右主張も採用できない。
さらに、原告は、被告は、本件調査に際し、税務調査の対象でないP3に対し、その勤務先に数回電話をかけるなどしたため、P3は、勤務先から奇異の目で見られ、退職を余儀なくされたのであり、本件調査の方法は、社会通念上相当性の範囲を逸脱しているとも主張する。しかしながら、前記認定のとおり、P4調査官は、P1宅に電話をかけても、P1ら家族が不在のため、やむを得ずP3の勤務先に電話をかけたものであること、P3が勤務先を退職したのは、本件調査の方法のみがその理由ではないことがうかがわれることから、本件調査の方法は社会通念上相当な程度にとどまるものというべきであって、原告の右主張も採用できない。
三 争点2(推計の合理性)について
1 被告は、P1の業務形態を建材運送業とした上で、本件係争各年分の総収入金額を独自の調査によって把握した売上金額の合計額とし、右総収入金額に比準同業者の平均必要経費率を乗じて得られた額を総収入金額から控除して、本件係争各年分の事業所得の金額を算出している。
2 そこで、右推計の合理性について検討するに、被告が平均必要経費率を算出した方法は、前記第二、一3(一)(2)ウ記載のとおりであること、本件係争各年分の比準同業者の収入金額、必要経費の額、必要経費率及び事業所得の金額は、それぞれ別表八ないし一〇記載のとおりであることが認められる。
右事実によると、本件における比準同業者の抽出基準は、業種の同一性、事業所の近接性及び事業規模の近似性等の各点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。また、被告は、右抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地も認められない。さらに、本件比準同業者は、いずれも青色申告者であって、本件係争各年分において更正に対し不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、その収入金額等の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。そして、本件比準同業者の数は、昭和六三年分につき八名、平成元年分につき七名、平成二年分につき七名であり、いずれも同業者の個別性を平均化するに足りる抽出件数であるといえる。これらの点から考慮すると、被告による推計には合理性があるということができる。
3 これに対し、原告は、被告は、本件比準同業者の住所、氏名、青色申告書、決算書等の資料を明らかにしないから、推計の基礎事実の把握は極めて不確実であると主張する。しかし、被告が右事項を明らかにしないのは、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条所定の税務職員に課せられた守秘義務に基づくものであるところ、被告が比準同業者の抽出選定及び右同業者の数値に作為を加えていないことは前記認定のとおりであり、また、右の方法では被告の課税手続の公正が確保できないような特段の事情も認められないので、原告の右主張のように、被告による推計を不合理なものとすることはできない。
また、原告は、青色申告決算書自体から、比準同業者の抽出基準にあるように、建材の運送業を営む個人事業者のうち、他の業種を兼業していない者を把握することは困難であるから、推計の基礎事実の把握は極めて不確実であると主張する。しかし、証拠(証人P10)及び弁論の全趣旨によると、比準同業者の抽出基準のうちの右事項は、青色申告書、決算書自体によりある程度把握することができるほか、更に過去の調査実績や、納税者又は税理士に対する確認等によっても補足することができるのであるから、原告の右主張は前提事実を欠き、失当である。
さらに、原告は、比準同業者の所得率に本件係争各年分ごとに大幅なばらつきがあるのは、被告が抽出基準に挙げていない条件が所得率に大きな影響を与える要因となっていると主張する。しかし、原告は、抽出基準にない条件が所得率に影響を及ぼしていると抽象的に主張するのみで、その具体的な裏付けはなく、他に右主張を裏付けるに足りる証拠もないから、右主張も採用できない。
加えて、原告は、P1の売上げのほとんどは外注部分が占めており、かつ、外注部分の利益率は著しく低いため、P1の総収入金額は、外注部分の売上げにより大きく水増しされているものと考えられること、P1は、常傭の形態で雇用され、賃金は運送に従事した時間単位で支払われており、運送回数に応じた運送賃を受け取る運送業者とは収入のシステムが全く異なるなど、被告の抽出基準は、P1の業態及び事業規模を無視している点で、何らの合理性も認められないとも主張する。しかしながら、推計による課税は、納税者の所得金額が直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるから、比準同業者の類似性を過度に要求することは、推計による課税それ自体を不可能にすることになりかねず、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種・業態、事業所の所在地、事業規模等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その必要経費率の平均値を算出する過程で捨象されるものというべきである。これを本件についてみるに、前記のとおり、本件抽出基準には合理性が認められ(なお、本件抽出基準には「外注費の計上がある者」という条件が付加されることにより、より一層、営業形態の類似性が高い比準同業者が抽出されているものというべきである。)、原告の右主張にかんがみ検討しても、比準同業者の必要経費率の平均値を算出する過程で捨象される程度のものであって、推計自体を不合理ならしめる程度に顕著な差異があるとはいえないから、原告の右主張も採用できない。
四 争点3(実額主張の成否)について
1 原告は、請求書控え等の記載に基づき、P1の本件係争各年分の運送料、手数料、外注費及びその他の経費の各実額を主張する。
ところで、推計課税は、前示のとおり、収入金額及び必要経費の額を最もよく知る立場にある納税者の協力が得られないなどのために、税務当局が実額を調査してこれによる課税をすることができない場合に、やむを得ずこれに代えてなされるものであるから、納税者が実額を主張して推計による課税を争う場合には、右実額を主張する側において、当該年分におけるすべての収入を主張立証し、かつ、これに対応する支出の額を主張立証すべきものである。
2 P1の本件係争各年分における実額に関する原告の主張は、前記第三、三3の原告の主張欄記載のとおりであり、これに沿う立証として、証拠(収入金額につき甲A一ないし六二(枝番を含む。)、外注費につき甲A六三ないし一一四(枝番を含む。)、その他の経費につき甲A一一五ないし一四八(枝番を含む。)、これら全体につき甲A一四九、証人P7)の提出ないし援用がある。
そこで検討するに、原告が実額主張に供するとして提出した右証拠には、売上げに係る請求書控え等、外注費に係る請求書等、車両ナンバー等を記載したノート、その他の経費に係る請求書等、P7作成の陳述書、外注先と車両ナンバーの一覧表等があるが、これらが取引のすべてであることを示すような、取引を具体的かつ時系列的に記録した会計帳簿は一切なく、これらのみでは収入計上の漏れがないかどうかは明らかでなく、収益との対応が認められる必要経費であるかどうかについて十分検討することも困難である。
しかも、まず、運送料収入についてみると、証拠(乙二九の1ないし11、三〇)によれば、P11に対する昭和六三年八月三〇日付け領収分の一五万円、有限会社西洞鉱山に対する平成元年六月一五日付け決済分の一八万九〇〇〇円、同年七月一五日付け決済分の一六万二〇〇〇円、同年八月一五日付け決済分の一八万六〇〇〇円がいずれも計上漏れとなっていること、次に、手数料収入についてみると、証拠(証人P7)によれば、外注先からの手数料収入の算定方法は、P1からの伝聞に基づいて推計したものにすぎないこと、さらに、外注費についてみても、証拠(甲A八〇の2)によれば、P12の領収書のうち、平成二年二月三日付けの三〇万円、同年三月四日付けの三万一〇〇〇円、同年八月付けの三万二〇〇〇円は、配車ノートに記載がなく、これらに対応する売上げも計上されておらず、いかなる資料に基づくものであるか不明であることが認められる。
以上の諸事情にかんがみると、原告の主張する運送料、手数料、外注費及びその他の経費の額が、それぞれ本件係争各年分のP1の事業に係るすべての収入及びこれに対応する支出であると認めるには足りないというほかない。
したがって、原告の実額による主張は認められない。
五 本件所得税各処分の適法性について
以上によれば、P1の本件係争各年分の事業所得の金額は、いずれも更正処分に係る総所得金額を下回らないから、前記第二、一3(一)のとおりになされた本件係争各年分の更正処分は、いずれも適法である。
また、これに伴い前記第二、一3(二)のとおりになされた本件係争各年分の過少申告加算税の各賦課決定処分も、同様に適法である。
六 争点4(仕入税額不控除の適法性)について
1 消費税の課税標準である課税売上額は、本来、実額に基づいて確定されるべきものである。
しかし、本件においては、既に認定説示したとおり、被告が、P1の所得金額を実額をもって把握することは不可能であると判断し、P1の取引先等に対する反面調査等によって把握した取引金額を基礎として、P1の所得金額を算出したことは、やむを得なかったというべきであり、推計の必要性があった上、推計の方法にも合理性があり、しかも、原告が実額と主張する所得金額をもって課税売上げの実額と認めることはできなかったものである。
したがって、P1の本件課税期間の消費税を含む課税売上額は、被告が推計したP1の平成二年分の総収入金額である六八八二万二二七七円ということができ、結局、P1の本件係争年期分の課税標準額は、右の総収入金額に一〇三分の一〇〇を乗じて算定した金額(千円未満の端数を切り捨てた金額)であり、六六八一万七七〇〇円ということになる。
2 そして、本件係争年期分の課税標準額に対する消費税額は、右の課税標準額に一〇〇分の三を乗じて算定した金額であり、二〇〇万四五一〇円ということになる。
3 ところで、被告は、法三〇条七項の「保存」とは、納税者が税務職員の質問検査に応じていつでもこれを提示し、税務職員の閲覧に供せられる状態で保存しておくことをいうと解すべきであるところ、P1は、被告の調査担当職員による適正な質問検査権の行使に対して税務調査を拒否し、仕入税額控除に係る帳簿等を提示しなかったから、同項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に当たると主張する。これに対し、原告は、法三〇条七項の「保存」とは、納税者が法令の定めるところに従って、帳簿等を所持又は保管していることをいうと解すべきであるところ、P1は、税務調査で帳簿等を提示しなかったものの、訴訟の段階で帳簿等を書証として提出し、同項の「保存」が立証されたから、同項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」には当たらないと主張する。
そこで、以下、法三〇条七項の「保存」の意義について検討した上、本件における具体的な事実関係を検討する。
(一) 法三〇条一項は、事業者の仕入れに係る消費税額の控除を規定しているところ、同条七項は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合を除き、当該保存がない課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、同条一項の規定を適用しないものとし、同条八項一号は帳簿の、同条九項一号は請求書等のそれぞれの記載事項について厳格な要件を規定している。そして、令五〇条一項は、課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の保存期間等について、法三〇条一項の規定の適用を受けようとする事業者は、同条七項に規定する帳簿又は請求書等を整理し、当該帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日、当該請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないものとしている。
これらの法令の諸規定をみるに、帳簿又は請求書等(以下「帳簿等」という。)の記載事項について厳格な要件を規定していることからして、大量かつ反復性を有する消費税の申告及び課税処分において、帳簿等それ自体によって、税務署長等が課税仕入れに係る消費税額を適正かつ迅速に把握し、効率的な税務調査を実現することを目的としているものと解されること、商法における帳簿等の保存年限が一〇年であるのに対し、消費税法では税務当局において課税権限を行使し得る最長年限である七年とされていること、帳簿等の整理を要求した上、保存場所を納税地等に限定していることなどにかんがみると、右法令の趣旨は、課税仕入れに係る消費税額の調査及び確認を行うための資料として帳簿等の保存を義務づけたものと解される。
したがって、法令の右趣旨に照らすと、法三〇条七項の「保存」とは、事業者が帳薄等を所持ないし保管していることをいうだけではなく、法令の規定する期間を通じて、法令の規定する場所において、税務職員の適法な税務調査によりその内容を確認することができる状態での保存を継続していることを意味するものと解するのが相当であり、適法な税務調査に際し、税務職員から帳簿等の提示を求められたときは、直ちにこれを提示できる状態で保存しておく必要があることになる。
そして、仕入税額の確認が、課税庁だけでなく、裁決庁及び裁判所も行うものであることはいうまでもないから、右の意味での保存の有無は、課税処分の段階のみならず、不服審査又は訴訟の段階においても、主張立証することが許されるものというべきである。
(二) この点、被告は、法三〇条七項の「保存」とは、税務職員の適法な提示要求に対して、帳簿等の保存の有無及び内容を確認できる状態におくことを含むものと解し、納税者が、税務職員の適法な提示要求に対し、正当な理由なく帳簿等の提示を拒否した場合には、不服審査又は訴訟の段階において帳簿等を提示したとしても、これによって仕入税額控除を認めることはできない旨を主張する。
しかし、「保存」と提示とは明らかに意味内容が異なる概念といわざるを得ないから、帳簿等の提示がないことを「保存」がないことと同一視することはできないというべきであるし、また、特段のみなし規定がないのに、「保存」の中に提示が含まれるとか、提示がないことは「保存」がないことと同じであると解することは、租税法律主義の点からも疑問であり、しかも、帳簿等の保存の確認主体が専ら税務当局に限定されると解することは、その旨の明文の規定がないこと、納税者が税務職員の適法な提示要求に対し正当な理由なく帳簿等の提示を拒否した事実が主張立証されると、それだけで、課税仕入れの事実の有無やそれに係る帳簿等の保存の事実について裁判所の司法判断を受けないまま、仕入税額控除が認められないこととなるとの不合理な結果となることから、法三〇条一項、七項、令五〇条一項その他の規定に照らして、右のような解釈を採用することはできないというべきである。
(三) 右の点について、原告は、法三〇条七項の「保存」とは、納税者が法令の定めるところに従って、帳簿等を所持又は保管していることをいうと解すべきであると主張する。確かに、租税法律主義の見地に照らすと、実体法上の課税要件は明確でなければならず、「保存」という文言それ自体の意味だけを純粋に追及していくと、「保存」の意義を右のように解釈することにも一応の合理性があり、しかも、このように解釈したとしても、法六八条は、帳簿等の不提示に対して刑事罰による制裁手段を用意し、また、税務調査の段階で帳簿等を提示しなかった納税者は、仕入税額控除を否認された上で更正処分を受けることになり、これを取り消すためには、不服の申立て、取消訴訟の提起という負担を覚悟しなければならないから、税務当局が適正な税務調査を行う限りは、圧倒的多数の納税者が税務職員に対して帳簿等を提示することが期待できるところであり、法三〇条七項の「保存」を所持又は保管と解した場合に被告がるる指摘する不合理性は、法解釈として絶対に避けなければならないものとまではいえないところではある。
しかしながら、そもそも、租税法律主義、なかんずく課税要件明確主義は、当該規定の文言だけでなく、右規定を取り巻く法令全体の趣旨も検討の上、法の解釈として解決されるべきところであり、本件においては、法三〇条七項の「保存」の対象は帳簿等であって、右帳簿等は仕入税額の確認手段としてこれらに限定され、かつ、その記載事項が厳格に法定されていることに照らし、税務職員が適正かつ迅速に帳簿等の記載内容を確認して申告の適否を審査することを前提とした概念であることにかんがみると、帳簿等の存在する期間や場所、特に存在する状態を問わないということはできないのであって、結局、「保存」とは、事業者が帳簿等を所持又は保管していることをいうだけではなく、法令の規定する期間を通じて、法令の規定する場所において、税務職員の適法な税務調査によりその内容を確認することができる状態での保存を継続していることを意味するものと解するのが、法令全体の趣旨からして相当である。このように解釈することは、「保存」という字義自体が単に存在しているということを意味するものではないことからも首肯できるところであり、租税法律主義に反するものでないことは明らかである。
(四) そして、法三〇条七項は、帳簿等を「保存しない場合」には、仕入税額控除をしない旨規定しているから、仕入税額控除を認めないとする課税庁において、事業者が帳簿等を「保存しない場合」に当たることについて主張立証責任があるというべきである。すなわち、法三〇条七項の「保存」とは、法令の規定する期間を通じて、法令の規定する場所において、税務職員の適法な税務調査によりその内容を確認することができる状態での保存を継続していることを意味するものと解すべきことは前示のとおりであるから、課税庁は、事業者が法定の要件を満たした状態で帳簿等の保存を継続していなかったことを主張立証しなければならない。
ところで、通常は、税務調査等のために税務職員により帳簿等の適法な提示要求がなされたにもかかわらず、納税者が正当な理由なくこれに応じなかった事実が主張立証されると、その当時において、法定の要件を満たした状態での帳簿等の保存がなかったことが推認されるというべきである。
これに対して、事業者が、不服審査又は訴訟の段階において、帳簿等を「保存しない場合」に当たらないことを明らかにするため、帳簿等を書証として提出するなどした場合には、その不服審査又は訴訟の時点において、税務職員の適法な税務調査によりその内容を確認することができる状態で帳簿等を保存している事実を明らかにしたとは言えるものの、それだけでは、税務調査の当時において法定の要件を満たした状態での帳簿等の保存がなかったとの前示の推認を覆すに足りるものではなく、事業者においては、更に、税務調査の時点で法定の要件を満たした状態での帳簿等の保存があったことを推認させる事実の具体的な立証をしてはじめて、右推認を覆すことができるものと解するのが相当である。
けだし、事業者が法定の要件を満たした状態で帳簿等の保存を継続していた場合には、税務職員の適法な提示要求に対してこれに応ずれば、容易に仕入税額控除が認められるのであり、また、事業者が何らかの理由で税務調査による検査を拒絶したときは法六八条の罰則をもって対処されることがあるから、事業者が、このような不利益又は危険を冒してまで、帳簿等の保存がなかったものと推認されるような不合理な行動をとることは通常は考え難いというべきであって、税務調査等のために税務職員により帳簿等の適法な提示要求がなされたにもかかわらず、事業者が正当な理由なくこれに応じなかった事実が認められる場合には、経験則上、税務調査の時点において法定の要件を満たした状態での帳簿等の保存がなかったことが推認されるとするのが合理的であるからである。
(五) そこで、本件についてみるに、前記認定の事実によれば、P4調査官は、平成三年九月四日から平成四年二月七日まで、約五か月間にわたり、原告又はP3を通じて調査日程等の伝言を数回依頼し、P1本人とも電話により又は面接の機会を利用して調査日程等を打ち合わせたほか、四回にわたってP1宅に臨場し、その都度、日時を指定して再訪問する旨、又は、都合が悪い場合には税務署に連絡するよう依頼した旨記載した連絡文書をP1宅に差し置くなどして、調査への協力を要請し、さらに、消費税の仕入税額控除に係る帳簿等の保存が確認できない場合には、仕入税額控除ができなくなることを文書又は口頭で教示したこと、しかし、P1は、自ら又は家族を通じて、仕事が忙しくて都合がつかないと電話で連絡するだけで、なかなか調査に応じようとしないで調査日を先に延ばし、仕入税額控除に係る帳簿等の提示の要求に対しても、仕事の都合を優先させるとして応ぜず、又は取引先等に対する反面調査について抗議するなどして、結局、帳簿等の提示をしなかったことが認められる。
このように、P4調査官は、本件調査において、帳簿等の保存及び内容を確認するため、社会通念上相当な程度の努力をしたものであり、帳簿等の適法な提示要求をしたものということができる。これに対し、P1が帳簿等の提示要求に応じなかったのは、P1が自己の仕事の都合を優先させるとして応ぜず、又はP4調査官がP1の取引先等に対する反面調査をしたことに対する不満が原因であるとみられるのであり、提示拒否の正当な理由とは認められないものである。
右のような事実により判断すると、税務調査の当時において、法定の要件を満たした状態での帳簿等の保存がなかったものと推認されるというべきである。
これに対し、P1は、本件訴訟において、帳簿等に該当するものとして請求書等の書証を提出し、また、証人P7及び原告本人の供述中には、法定の要件を満たした状態で帳簿等の保存が継続されていた旨の供述部分があることをもとに、右推認が覆されるなどと主張するが、P1が長期間にわたり税務職員による帳簿等の再三の提示要求に応ずることがなかったこと、右書証は、ある程度訴訟が進行した段階になって順次提出されたこと、その中には、未整理であったものを整理して提出したものであることが窺われるところも散見できることなどにかんがみると、右のことがらだけでは右推認が直ちに覆されるということはできないというべきである。そして、税務調査の時点で法定の要件を満たした状態での帳簿等の保存があったことを直接認め、あるいは推認させる事実の具体的な立証はあったとはいえない。
(六) 以上検討したところによれば、本件においては、法三〇条七項の帳簿等を「保存しない場合」に当たるものであって、同条一項による仕入税額控除を適用することができず、この点に関する原告の主張は採用できない。
七 本件消費税処分の適法性について
本件係争年期分の差引納付税額は、前記の課税標準税額に対する消費税額二〇〇万四五一〇円から、控除対象税額○円を控除して算出した金額(一〇〇円未満の端数を切り捨てた金額)であり、二〇〇万四五〇〇円ということになる。
以上によれば、P1の本件係争年期分の差引納付税額は、更正処分に係る差引納付税額を下回らないから、前記第二、一3(三)のとおりになされた本件係争年期分の更正処分は、適法である。
また、これに伴い前記第二、一3(四)のとおりになされた本件係争年期分の過少申告加算税の賦課決定処分も、同様に適法である。
八 結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅英昇 裁判官 倉澤千巌 裁判官 中川博文)